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金ちゃんの本音と建て前+plus

エス・デザイン代表のブログ

日本列島改造論

日記・エッセイ・コラム

20150918214828

夜になると、次第に気温が低下するのを肌で感じる季節になった。

しかし、福岡は熱い、アッチッチ!アッチ!♫ の日本シリーズが、

週末に開幕するからだ。

都道府県の方々には大変申し訳ない、熱男の季節は終わらない(^-^)v

 

今回は、それとは全く関係なく、少し政治の話など。

 

先日、安倍晋三首相が、新「3本の矢」を発表した。

新と言うからには、以前のものは、旧「3本の矢」と呼ぶのだろうか。

そもそも、旧「3本の矢」は機能したのだろうか。

 

旧「3本の矢」は、

「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「投資を喚起する成長戦略

このうち日銀の協力を得た金融緩和は円安・株高でアベノミクス

基盤を築いた、と言ってもいいかもしれない、百歩譲って。

財政政策は一時的な刺激策で評判はいまひとつ。

市場が期待していたのが「道半ば」と言われ続けた3本目の矢の

成長戦略だったが、これは、ほったらかしのままのようにも見える。

 

新「3本の矢」は、

①希望を生み出す強い経済、目標GDP 600兆円

②夢を紡ぐ子育て支援、目標出生率1.8

③安心につながる社会保障、介護離職ゼロ

 

首相は、「長年手つかずだった日本社会の構造的課題である

少子高齢化の問題に真正面から挑戦したい」と意気込みを示している。

 

しかし、この中身、旧「3本の矢」とは、性質、内容が全く異なり、

数字を示している割に具体的、効果的な政策は打ち出される様子もなく、

実現性は低いとする専門家が多いようだ。

ある著名人からは、

「結局、新3本の矢、って安全保障関連法の成立で厳しくなった国民への

目くらまし、ごまかすためなんじゃない?

だからこそ中身の検証が必要なのに、あんまりメディアはやらないよねえ」

などという意見も出ている。

アベノミクス、そろそろ賞味期限も、消費期限も切れそうな気がするが。

 

そもそも、「アベノミクス」という政策の呼び名は、「レーガノミクス」を

真似たもの。

アメリカのレーガン大統領とエコノミクス(経済政策)から考案された

レーガノミクス」になぞらえて、

安倍首相とエコノミクスを合体したものであり、オリジナルではない。

もっと堂々と、本人の精神を吹き込んだ政策を打ち出して欲しいものだ。

  

日本の過去のリーダーの中で、ひときわ異彩を放つ政策を打ち出した、

と僕が考える政策は、故、田中角栄元首相の「日本列島改造論」である。

 

日本列島改造?という言葉だけでも大変な雰囲気に聞こえるし、

一国を挙げて改革を、いや、日本列島を改造します、

という首相のメッセージが真っ直ぐに入ってくるからである。

なによりカタカナじゃなく、すべて漢字、とても日本らしいと思う。

 

日本列島改造論は、田中角栄氏が自民党総裁選挙を翌月に控えた

1972年6月に発表した政策綱領であり、同時期に著書も出版し、

略して列島改造論とも呼ばれていた。

著書「日本列島改造論」は、年間第4位、91万部のベストセラーに。

当時の田中首相は、政治家としては言わずもがな、プロデューサー、

プロモーターとしての手腕も、中々のものであったようだ。

 

田中氏は、

「工業再配置と交通・情報通信の全国的ネットワークの形成を

テコにして、人とカネとモノの流れを巨大都市から地方に逆流させる

“地方分散”を推進すること」を主旨とした事実上の政権公約を掲げて、

1972年7月の自民党総裁選で勝利、内閣総理大臣となったのである。

 

さて、なぜ今、日本列島改造論田中角栄氏の話なのか?

きっかけは、1冊の単行本である。

 

TSUTAYA書店で立ち読みしていた時、ふと一冊の本が目に留まった。

それは「田中角栄100の言葉--日本人に贈る人生と仕事の心得--」

という本で、宝島社から今年出版されたものだった。

1章 仕事20、2章 人生20、3章 生きる30、4章、政治30、

計100の言葉と解説が書いてあり、興味をそそる内容だったので、

結局購入して、自宅でゆっくり読んでみた。

 

田中氏の100の言葉は、あたかも氏の伝記を切り取って散りばめて、

本人の生き様を表しているかのようで、宰相に成り上がるまでの勢い、

思いやりのある人間的な部分や、ちょっと寂しく思える場面も、

想像させたり、考えさせたりしてくれたのである。

 

せっかくなので、ひとつの言葉だけ、ここにそのまま紹介する。

 

----ココから抜粋----

角栄の言葉91 吹きすぎて行く風

 

いい政治というのは、国民生活の片隅にあるものだ。

目立たずつつましく、国民の後ろに控えている。

吹きすぎて行く風---

政治はそれで良い。

 

時代時代の政治家が消え去ったとしても国と大地は残り、

人々の暮らしは続いていく。

政治はあくまでも国民生活という主役を盛り立て、支える脇役であって、

それ以上のものではない。

政治は地表を吹きすぎて行く風のようなもので、

国民にとって邪魔になる小石を丹念に拾って捨てる、

それだけの仕事である。

理想よりも現実を見つめ、国民がメシを食えるようにすることが大事だ。

----ココまで抜粋----

 

奔放で豪快なイメージの田中元首相と、少しかけ離れた印象の言葉である。

単なるスタンドプレーが目立つ政治家の、本来あるべき姿を想像させる

強い言葉で、感慨深いものがあった。

 

他の99のほとんどは威勢のいい言葉なので、勇気づけられたりもするし、

中々思っていても口にできない大言もある。

 

興味のある方は、どうぞ読んでみてください。

 日本列島改造論の政策施行半ば、その最中に勃発した第4次中東戦争

きっかけとして起きたオイルショックが、物価と経済に決定的な打撃を与え、

列島改造ブームは終焉、本州四国連絡橋の着工延期など施策は大きく後退し、

1974年、田中氏は自らの金脈問題(L事件)で首相の座を降りた。

 

しかし、現在に照らし合わせると、高速道路・新幹線・本州四国連絡橋など

高速交通網は次々と実現化している。

日本電信電話公社が民営化、NTTとなり、民間ネットワーク事業者も参入、

情報通信の全国的ネットワーク化は進み、今日のインターネット環境の

普及にも脈々と繋がっているのである。

 

日本列島改造論は、着実に歩を進めていたのかもしれない。

40年を超える長い年月をかけて・・・。

 

政治への関心は中高年ほど高く、若年層ほど低い、結果、投票率も低く、

そして選挙制度は一向に変わらず、選挙のある度にがっかりさせられる。

しかし、今、選んだ政党が、政治家が、結果を出すのは40~50年先?

なのかもしれないことを、日本列島改造論が物語ってくれている、

そんな気がするのである。

 

田中角栄氏は、政治は吹きすぎる風、と言ったかもしれないが、

風は長い時間をかけて地表をえぐり、地形を変えることだってできるのだ。

 

だから安倍首相、その場しのぎの手段ばかり講じていないで、

多少時間がかかっても構わない、国民に本当に必要な政策を考えてほしい、

切にそう願う今日この頃である。

 

 

ところで、クラプトンは、世界を変えることができる、と歌っています♫

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