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金ちゃんの本音と建て前+plus

エス・デザイン代表のブログ

ウィニング・ボールを君に

日記・エッセイ・コラム

昨日、野球殿堂入りした、元広島カープの外木場投手と

大野投手の報道が、メディアのニュースをにぎわせた。

 

外木場投手は、3回のノーヒット・ノーラン、そのうち1回は

パーフェクト(完全試合)を達成した。

 

毎日新聞によれば、持ち球はストレートとカーブの2つだけ。

 

最近の投手が、動くボールを身につけたいなどと言っているが、

外木場氏から見れば、邪道に映るのでは・・・。

 

 

さて、今回のブログは少々長くなるが、1995年に46歳で急逝した、

ノンフィクション作家の山際淳司氏の話をしたい。

 

山際淳司氏は、「江夏の21球」でブレイクし、地位を確立、

アサヒスーパードライのイメージキャラクターとして起用されたり、

最後にNHK「サンデースポーツ」のキャスターを努めるなど、

理知的な風貌、紳士的な語り口で、スポーツの陰に隠れたドラマを

いくつも綴った人物である。

 

没後に出版された「ウィニング・ボールを君に」のあとがきを

ノーカットで、そっくり引用させていただく。

20130112125456

 

「時」がいとおしく思えた

  

時計を持たずに暮らしていた時期が、僕にはあった。

20代の半ば、仕事を始めて間もないころである。

 

時間に縛られることを嫌っていたのではない。

「時」の奴隷にはなるまいぞと意気がって

悠々たる時を過ごしていたわけではないのだ。

 

思い出してみればむしろ逆で、僕は息せききって

走るような慌ただしい日々を送っていた。

 

ある編集部に籍を置きながら、他にも原稿を書いていた。

僕の字は読みづらいのだが、原稿を書く速度はかなりのものだった。

誰におそわったわけでもなく、あのころは早書きが身についていた。

ブンガクセイネンであったわけでもないから、

スピードのおもむくままに書いてしまうことに、

何の怖れもなかったのだ。

毎日、違う場所で、異なるテーマの原稿を書いていた。

その愚かさが重宝がられていたのだと思う。

あれもこれもと仕事を頼まれると、

こちらとしては断る理由もなかった。

 

時間に追われていたはずである。

しかし、あえて時計を持とうとしなかったのはなぜだろう。

 

時計を持とうが持つまいが、時は勝手に流れていく・・・

人は所詮、時を支配できるわけではない、

などという諦めにも似た気分に包まれていたのかもしれない。

あるいは時間の経過など、昼間はお天道様を、

夜はネオンの輝きを見ていればわかるはず、

などと気負うように思い込んでいたのかもしれない。

 

そのうちに転機がやってきた。

 

「時」がいとおしくなったのだといえば説明的すぎるだろうが、

そういう言い方が存外、本音に近い。

 

要するに、なんと無駄なことばかりしているのかと

うんざりしてきたのである。

物を右から左に動かすだけのような仕事をしながら、

時間だけはどんどん経っていく。

何も身につかず、今日になれば昨日のことは忘れている。

1日1日が、まるでアイスクリームが溶けるように

形を失っていくのである。

 

かくてはならじと気をとりなおした。

流れるままに「時」をやりすごすのではなく、

その「時」の流れに棹ささなければならないときも

あるわけだ。

 

具体的に何をしたかというと、仕事を片っ端から断った。

 

今は忙しいからといえば、どんなことだって断れる。

その断りをかいくぐるようにして、これはおまえのためだ、

この仕事はちゃんとやっておけ、といってくれるものだけは

続けた。

そういくつもなかった。

何度か断ってしまえばそれきり何も言ってこない程度のことしか

やってなかったのだ。

 

そのかわり以前に比べればたっぷりと時間ができた。

そうなって初めて「時」が貴重なことがわかった。

時間はどこにも余っていない。

悔いのないように活用してあげないと、

たちどころにして崩壊していってしまうのだ。

いつのまにか、僕は時計を身につけるようになっていた。

 

僕にとっては1冊目の単行本を出版するのは、

そのおよそ2年後のことだ。

 

あのころは取材をしていても、本を読んでいても

新鮮で面白かった。

妙なもので、そういうときはいい本とも出会える。

NYの書店で、小説やスポーツに関する新刊本を

タイトルであたりをつけて買い込んでくると

その大半が面白く、しばらくすると翻訳が出る、

などということがあった。

カンも冴えていたし、好奇心も旺盛だったのだろう。

 

ターニングポイント、

転機を迎えたとき、誰もがそうだと思うが、

知らずしらずのうちにテンションが上がっているものだ。

 

しかるにーと教訓めいたことをいえばー

いつも同じペースで生きていくのではなく、

時折、意識的にターニングポイントを設定すべきなのである。

僕はそう思っている。

(1995年)

 

「ウィニング・ボールを君に」

1996年3月25日 初版発行 1997年4月10日 5版発行

発行所 実業之日本社

 

 

僕たちは、生かされている、と思う。

山際淳司氏の「あとがき」は、僕たちへの遺言だと思っている。

 

外木場投手や大野投手の野球殿堂入り、

彼なら、どんな切り口から入って、それを語ったことだろう。

 

ウィニング・ボールは、僕たちがキャッチすべきである。